名古屋主の栄光教会に通う男性社会人ジンジャーのブログ

名古屋にある主の栄光教会に通うサラリーマンが、神様を感じた日常をジンジャークッキーのように軽めに綴っていきます。

儲けた儲けた♪これまた儲けた♪

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少年野球のベンチは大合唱だった



儲けた 儲けた♪ これまた儲けた♪

ショートは僕らの 仲間さ♪

 

 

小学生の時、

野球の試合でショートを守っていた僕が打球を捕り損ね、

それが原因で点を奪われた途端、

相手チームのベンチはこのような歌を歌い始めた。

 

野球というスポーツは、

相手のことを野次ったりして声を出していないと、

「お前らはお通夜に来とるのか」と監督に怒られる。

 

だから、少年野球ではベンチにいるみんなで歌を歌う。

相手が失敗して点が入ろうものなら、大合唱だ。

少なくとも僕の地域ではそうだった。

 

相手チームの歌は続く。

 

プレゼント♪

消費税♪

◯◯打線!♪

 

 

◯◯に自分たちのチーム名が入るわけである。

冒頭の「儲けた」というところから派生して、

「まるでプレゼントをもらったような点が入った!」という意味なのだろうが、

「消費税♪」は20年近く経った今でもよく意味がわからない。

(ちなみに当時の消費税率は5%だった。。。)

 

この「野次る」文化。

その体質が染み付いている、と我ながら驚いたことがある。

それから10年以上経った時のことだった。

 

ある日、聖書を教えてくれた人たちと野球をすることがあった。

 

味方チームの打球が内野後方の浅いフライになった。

その時、無意識に、僕の口から、

「ある!ある!」という言葉が出た。

 

何が「ある!」のか。

試合そっちのけで何かに共感していた訳ではない。

 

野球をしたことがある人はわかると思うが、

「(相手が捕り損ねる可能性が)ある!」という意味だ。

 

「相手が捕り損ねる可能性が」を省略して、

これはアウトになるな、という味方の打球でも、

野球人たちはやたら「ある!ある!」と叫ぶ。

 

その日も「ある!ある!」と叫んだ僕に対して、

聖書を教えてくれた人たちの1人である先輩が、静かな声で諭してくれた。

 

 

「そういう言葉はよくないよ。相手の失敗を望むような考え方は、神様も望まれない。」

 

 

僕は、衝撃を受けた。

 

「いや、捕れない可能性もあるから全力で走らないと、という意味で言ったんだけどな」

と僕は心の中で思ったが、すぐに考えを改めた。

 

神様の考え方は、そうではないのだ。

 

「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ。」 

マタイによる福音書2239

 

それがどれほど難しいのか、人類史が証明しているが、

実践した時、

それはみんなが「儲けた♪」結果になるのだと信じる。

 

 

名古屋 主の栄光教会 ジンジャー